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福岡地方裁判所 昭和58年(レ)98号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

藤井勉

右訴訟代理人

配川寿好

被控訴人(附帯控訴人)

チュリス小倉自治会

右代表者会長

神崎当雄

右訴訟代理人

阿部明男

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  原判決の主文第一、二項を次のとおり変更する。

(1)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金五五万六、〇〇〇円及び内金二七万三、〇〇〇円に対する昭和五七年一月二六日から、内金七万八、〇〇〇円に対する同年一一月二六日から、内金九万三、六〇〇円に対する昭和五八年一一月二六日から、内金七万二、四〇〇円に対する同年一二月二六日からいずれも支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、昭和六〇年一月から同年五月まで毎月二五日限り一ケ月金九、〇五〇円を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審を通じ全部控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  この判決は、第二項(1)、(2)に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  控訴について

1  控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という)

原判決を取消す。

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)の本訴請求を棄却する。

被控訴人は控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する昭和五七年一一月六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、本訴・反訴を通じて第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  附帯控訴について

1  被控訴人

主文第二、三項同旨及び仮執行宣言

2  控訴人

附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第二  主張

一  本訴請求原因

1  被控訴人は、別紙物件目録記載第一の一棟の建物表示記載の一五階建マンション「チュリス小倉」(以下「本件マンション」という。)内の区分所有者全員、及び区分建物居住者を会員として組織された自治会であり、代表者その他の役員を定め、本件マンションの共用部分を管理し、管理費及び諸経費の出納に関する事項を執行処理しているものである。

2  控訴人は、本件マンションのうち別紙目録記載第二、一、二の専有部分の建物表示記載の建物(以下、一の専有部分を「本件専有部分」、二の専有部分を「トランクルーム」という。)の区分所有者であり、被控訴人の会員である。

3  控訴人は、昭和五〇年八月一一日頃訴外住友建設株式会社(以下訴外会社という。)から本件専有部分とトランクルームを買受けるに際し、本件マンションの建設、販売元であり、当時その管理も担当していた訴外会社との間で、訴外会社が定めた本件マンションの管理規約、使用細則を遵守し、共用部分の管理費を負担することを約していた。

4  被控訴人は、昭和五二年一月頃発足後、訴外会社が行つていた本件マンションの管理を担当することになり、同年三月五日の総会で、右旧管理規約の条項に基づき、新たに被控訴人としての「チュリス小倉自治会規約」を成立させ、翌六日から実施したところ、その管理規定部分により、会員の負担すべき共用部分の管理費は、従前と変化なく、控訴人所有の本件専有部分のタイプが月額七、五〇〇円、本件トランクルームのタイプが月額三〇〇円、合計月額七、八〇〇円であり、その支払方法として、毎月二五日までに翌月分を被控訴人に支払うべきもの、とされた。

5  しかるに、控訴人は、昭和五四年四月分以降右管理費の支払をせず、原審口頭弁論終結の昭和五八年九月七日現在、昭和五四年四月分以降昭和五七年一二月分まで四五ケ月分合計三五万一、〇〇〇円を含め、昭和五八年九月分までの管理費が未払であり、被控訴人としては、昭和五八年一〇月分以降同年一二月分までの将来の管理費についても、予め請求をする必要がある。

6  よつて、被控訴人は控訴人に対し、次の金員の支払を求める。

(一) 未払管理費 昭和五四年四月分以降昭和五七年一二月分まで四五ケ月分三五万一、〇〇〇円

(二) 右金員のうち、昭和五七年二月分まで三五ケ月分二七万三、〇〇〇円に対する最終弁済期限の翌日である同年一月二六日から、昭和五七年三月分以降一二月分まで一〇ケ月分七万八、〇〇〇円に対する同様に同年一一月二五日から、いずれも支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(三) 昭和五八年一月分以降同年一二月分までの管理費として、昭和五七年一二月から昭和五八年一一月まで毎月二五日限り一ケ月七、八〇〇円の割合による金員

二  附帯控訴により拡張された本訴請求原因

1  昭和五九年四月一八日開催された被控訴人の昭和五九年度定期総会で、同年六月以降の管理費の増額が議決され、その結果、控訴人所有の本件専有部分のタイプが月額八、七五〇円になり、本件トランクルームのタイプが月額三〇〇円のまま据置かれたので、右六月以降控訴人の支払うべき管理費は月額合計九、〇五〇円となつた。

2  しかるところ、控訴人は、昭和五四年四月分以降管理費の支払をせず、当審口頭弁論終結の昭和六〇年三月五日現在、昭和五四年四月分以降昭和六〇年一月分まで七〇ケ月分合計五五万六、〇〇〇円分を含め、昭和六〇年三月分までの管理費が未払であり、被控訴人としては、同年四月分以降六月分までの将来の管理費についても、予め請求をする必要がある。

3  よつて、被控訴人は、附帯控訴により請求を拡張し、控訴人に対し次の金員の支払を求める。

(一) 未払管理費 昭和五四年四月分以降昭和六〇年一月分まで七〇ケ月分五五万六、〇〇〇円(但し、昭和五四年四月から昭和五九年五月分までは月額七、八〇〇円、同年六月分以降は月額九、〇五〇円)

(二) 右金員のうち、昭和五七年二月分まで三五ケ月分二七万三、〇〇〇円に対する最終弁済期限の翌日である昭和五七年一月二六日から、昭和五七年三月分以降一二月分まで一〇ケ月分七万八、〇〇〇円に対する同様に同年一一月二六日から、昭和五八年一月分以降一二月分まで一二ケ月分九万三、六〇〇円に対する同様に同年一一月二六日から、昭和五九年一月分以降五月分まで五ケ月分三万九、〇〇〇円に対する同様に昭和五九年四月二六日から、昭和五九年六月分以降昭和六〇年一月分まで八ケ月分七万二、四〇〇円に対する同様に昭和五九年一二月二六日から、いずれも支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(三) 昭和六〇年二月分以降同年六月分までの管理費として、昭和六〇年一月から五月まで毎月二五日限り一ケ月九、〇五〇円の割合による金員

三  本訴請求原因(附帯控訴により拡張された本訴請求原因を含む)に対する認否

1  本訴請求原因1乃至3の事実は認める。

2  同4、5のうち、被控訴人の「チュリス小倉自治会規約」成立の経緯は知らないが、控訴人が右規約の管理規約条項に基づき、被控訴人に対し毎前月二五日限り、本件マンションの共用部分の管理費として、本件専有部分につき月額七、五〇〇円、本件トランクルームにつき月額三〇〇円、合計月額七、八〇〇円を支払うべき義務があること、及び控訴人が昭和五四年四月分以降右管理費の支払をしていないことは認める。

3  附帯控訴により拡張された本訴請求原因1の事実は不知。

4  同2のうち、控訴人がその後も管理費の支払をしていないことは認めるが、将来の管理費につき予め請求の必要がある、との点は争う。

四  本訴請求原因(附帯控訴により拡張された本訴請求原因を含む)に対する抗弁

後記反訴請求原因事実のとおり。

五  反訴請求原因

1  本訴請求原因1、2のとおり。

2  控訴人は、昭和五〇年八月一二日本件マンションに入居したものであるが、本件マンション居住者の入退居に伴う引越・荷物の積卸し作業は、もと一階管理人室の北側空地にトラックを駐車して行われていたところ、昭和五一年八月頃から右引越用トラックの駐車場所が、本件マンションの前庭に設けられている駐車場の中央通路を通つて、控訴人の住居である本件専有部分の南東側ベランダの直近附近に変更され、以来同所で引越用荷物の積卸し作業が行われるようになつた。

3  そして、昭和五二年一〇月頃から本件マンションの入退居者の出入りが頻繁となり、同時期以降昭和五七年七月頃までの間、引越用の大型トラックが一日一〇台程度出入りするといつた状態が継続し、積卸し作業の時間帯も早朝午前六時三〇分頃から深夜午前二時頃に及ぶことがしばしばあつた。

4  控訴人は、本件マンションの専有部分に入居以来、夫婦してその自宅で金融業を営み、ほとんど終日在宅する生活を送つているものであり、そのため、右積卸し作業に従事する作業員の指示、合図の声、大型トラックのバックブザーの音、荷物を運ぶために使用する手押し車の音、トラックを誘導する声等の騒音をすべて耳にせざるを得ず、しかも、右雑音が肉体作業についてのものであるため、気合を入れる意味でかなりの声高であり、一回二、三時間も続くことがあつた。

5  また、右引越用大型トラックが控訴人所有の本件専有部分の南東側ベランダに接近して駐車し、且つそのトラックの荷台とベランダとの間に左程の高低差がないため、積卸し作業の際に、荷台上の作業員らが控訴人方室内をのぞき見たりすることもあり、それ故、控訴人方では、夏でも窓をしめ切り、カーテンを引いたままにしておかざるを得なかつた。

6  控訴人は、以上のような騒音やプライバシーの侵害に悩まされ、それは控訴人の日常生活に多大な苦痛を強いる程度のものであつた。

7  ところで、被控訴人は、本件マンションの共用部分を管理し、マンション居住者らの共通の利益を維持、増進し、良好な環境を保持することを目的としており、共有部分及び共用物の管理に必要な一切の業務を行う責務を負つている。

8  しかるに、被控訴人は、控訴人が再三、再四、前記積卸し作業の際の騒音等による生活侵害の改善を要求したのに対し、何ら適切な措置を採らないまま放置して、その間控訴人に多大の精神的苦痛を与えた。

しかして、右被控訴人の不法行為により控訴人が被つた精神的苦痛に対する慰謝料の額は二〇万円が相当である。

9  よつて、控訴人は被控訴人に対し、右慰謝料二〇万円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和五七年一一月六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求原因(本訴請求原因に対する抗弁)に対する認否

1  反訴請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、控訴人が昭和五〇年八月一二日本件マンションに入居したこと、及び本件マンションへの入退居に伴う引越荷物の積卸し作業が、控訴人主張の控訴人方ベランダの近くにトラックを駐車して行われたことは認める。しかし、右引越用荷物の積卸し作業は、当初から右控訴人主張の場所で行われていたものであり、管理人室北側の空地が作用されたことはない。

3  同3の事実は否認する。昭和五二年一〇月当時の本件マンションの充足状況は、総戸数一九三戸のうち既入居戸数一六四戸、未入居戸数二九戸であり、八五パーセントの入居率であつた。従つて、当時、控訴人主張のように、一日五、六台とか一〇台とかの引越用トラックが出入したような事実はない。

4  同4、5の事実は不知、同6の事実は否認する。

5  同7の事実は認める。

6  同8の事実は否認する。被控訴人が控訴人から、右引越荷物の積卸し作業の騒音等について、苦情を申出られたり、改善の要求をうけたりした事実はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一被控訴人の本訴請求について

一本訴請求原因1乃至3の事実、同4の事実のうち、控訴人が被控訴人の「チュリス小倉自治会規約」(昭和五二年三月六日実施)中管理規定部分の定めにより、会員の負担すべき共用部分の管理費として、本件専有部分につき月額七、五〇〇円、本件トランクルームにつき月額三〇〇円、合計月額七、八〇〇円を、毎月二五日までに翌月分を被控訴人に支払うべき義務を負つていること、並びに、本訴請求原因、及び当審で拡張された本訴請求原因を通じて、控訴人が昭和五四年四月分以降当審口頭弁論終結の昭和六〇年三月五日現在まで右管理費の支払をしていないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二被控訴人は、右控訴人の支払うべき管理費が昭和五九年六月以降月額合計九、〇五〇円に増額された旨主張するので、判断するに、〈証拠〉によれば、昭和五九年四月一八日開催された被控訴人の同年度定期総会で、同年六月分以降の管理費の値上げが議決され、その結果、トランクルームについては従前どおり据置かれたが、控訴人所有の本件専有部分のタイプについては、新管理費用額が月額八、七五〇円に値上げされ、結局、控訴人の支払うべき管理費が、被控訴人主張のとおり、右六月分以降月額合計九、〇五〇円に増額された事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

三控訴人は、当審で拡張された被控訴人の本訴請求中、昭和六〇年四月分乃至六月分の将来の管理費の支払を求める部分につき、予め請求をする必要性の点を争つているところ、当審口頭弁論終結当時控訴人が昭和五四年四月分から昭和六〇年三月分まで、既に満六年間右管理費の不払を続けていることは当時者間に争いがなく、本件の場合、右将来の三ケ月分につき任意の支払を期待できるような特段の事情も認められないので、被控訴人主張の右将来の管理費につき、予めその請求をする必要性があると認めるのが相当である。

四控訴人は、後記反訴請求原因事実をもつて被控訴人の本訴請求に対する抗弁としており、その意味は必ずしも明確ではないが、弁論の全趣旨によれば、控訴人が本件専有部分の本件マンションでの位置環境の故に、反訴請求原因事実のように、他の居住者より多くの不利益を受け、従つて支払うべき管理費を減額されるべきであるのに、右減額が実現しないので、その支払を拒み得る、というものの如くである。

しかし、右控訴人が被つたという不利益は、控訴人の主張によつても、昭和五七年七月頃までの出来事にとどまり、その後解消されるに至つているうえ、〈証拠〉によると、控訴人ら会員の負担する管理費は、マンションの共用物及び共用部分の管理に必要な費用を賄うためのものであつて、現実にも、建物内外の清掃費、エレベーターその他電気代、水道代、地下水槽の修理費、外装工事代等に使用されており、控訴人が主張のような不利益をうけるからといつて、当然にその減免等を求め得る性質のものではないものと認められる。

しかして、控訴人主張の反訴請求原因事実についても、控訴人の被つた不利益が、本件マンションの居住者としての受忍限度をこえないと解せられること、後記のとおりであるから、いずれにしても、右控訴人主張の抗弁は理由がないといわなければならず、採用することができない。

第二控訴人の反訴請求について

一反訴請求原因1(本訴請求原因1、2に同じ)の事実、同2の事実のうち、控訴人が昭和五〇年八月一二日本件マンションに入居したこと、本件マンションへの入退居に伴う引越荷物の積卸し作業が、控訴人主張の控訴人方ベランダの近くにトラックを駐車して行われていたこと、及び同7のとおり、被控訴人が本件マンションの共用部分を管理し、居住者らの共通の利益を維持、増進し、良好な環境を保持することを目的としていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二控訴人は、反訴請求原因3乃至6、同8の事実のとおり、右引越荷物の積卸し作業に伴う騒音等による控訴人の被害につき、被控訴人が控訴人の改善要請を放置し、適切な措置をとらなかつたことが不法行為を構成する旨主張するので、判断するに、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認定することができる。

本件マンション(鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一五階建)は、昭和五〇年初め頃北九州市小倉北区の現在地に建築され、同年四月頃から分譲が開始されたものであるが、その配置状況は、別紙配置図記載のとおり、南側と東側が道路に面する変形四角形状の敷地の奥、北側と西側の隣地境界線添いに位置していること、

そして、本件マンションの前庭は、南側道路に面する部分に、別棟の賃貸店舗用建物があり、同建物の北側の右前庭部分が、プレイロットと、東西に通ずる中央通路の両側に白線で囲む多数の駐車スペースをとつた駐車場になつていること、

控訴人が購入し、入居した本件専有部分は、本件マンション前庭の東側道路から、右駐車場部分の中央通路を西進して突き当る、別紙一階平面図の本件マンションの中央附近、自家用発電機室北東側隣りトランクルーム上の二階、二一〇号室であること、

本件マンションの充足状況は、控訴人が入居した昭和五〇年八月の時点で、総戸数一九三戸のうち三〇戸程度の入居であり、その後、本件マンションが分譲方式から賃貸方式へと変換されたのに応じて、入居者数も増加して行き、被控訴人発足直後の昭和五二年三月には一二九戸程度入居、更に同年一〇月には空室が二九戸程度になるまでになつたこと、

本件マンションへの入退居に伴う引越荷物の積卸し場所は、予め特定の個所が定められていたわけではなく、当初、別紙一階平面図記載の玄関ホール内管理人室北側の空地で行われていたが、同所は、もともと階段棟の出つ張りのため大型車の進入が難しかつたのに加え、昭和五一年八月頃進入路部分に防風ネットが設置され、その後殆ど使用されなくなつたこと、

そこで、右積卸しの場所が、自然、南東側の前記前庭に移つていつたところ、右前庭では、引越用の大型トラックが東側道路から後向きに駐車場中央の通路に入り、そのまま控訴人方南東側ベランダの真下あたりまでバックして駐車後、同所で積卸し作業が行われ、同所と前記管理人室前のエレベーターとの間を人力で運搬する方法がとられたこと、

本件マンション居住者の入退居に伴う引越、引いて引越用の大型トラックの進入及び積卸し作業等が頻繁に行われたのは、本件マンションが賃貸方式も含むことになつた昭和五一年八月頃から昭和五四年頃までであり、特に昭和五二年一〇月頃までは、月平均五乃至六台、多い時に約一〇台もの大型トラックの進入があり(一日に三、四件重なることもあつた)、その時間帯も、午前一〇時頃が最も多かつたが、早朝午前七時頃や夜間深夜に行われることもあつたこと、

もつとも、本件マンションの新築による新規入居者らの引越という特別な事態は、前記のように入居戸数が増加し、逆に空室戸数の減少が進んだ時点で一応一段落し、特に昭和五四年を過ぎてからは、引越の回数、引いて大型トラックの進入及び引越荷物の積卸し作業の回数も月一、二回程度におさまるようになつたこと、

しかし、控訴人方は、右引越荷物の積卸し作業の都度、それが前記のとおり控訴人方ベランダの直近で行われるため、大型トラックのバックブザーの音、作業員の掛け声や、指示、合図の声、荷物を運ぶ手押し車の音等、右作業による騒音の影響をうけ、また、後向きに駐車する大型トラックの荷台の幌が右ベランダの床面の高さ程度にも達するため、控訴人方としては、荷台上の作業員らによつて、ベランダ越しに室内をのぞかれる不安ないし不快感を避け得なかつたこと、

とりわけ、控訴人は、妻と共に本件マンション内の右控訴人方自宅で金融業を営み、終日在宅することが多いため、右積卸し作業による騒音やプライバシー侵害の被害を痛感し、前記引越が頻繁に行われていた時期に、そのことを深刻に受取つていたほか、後記問題解消に至るまでの間、ベランダのカーテンを引いたままにするとか、夜間就寝中騒音で眼をさまさせられる等、日常生活での現実的な障害も被つていたこと、

控訴人は、本件マンションの販売元である訴外会社販売所の所長であり、本件マンションの入居者でもあつた訴外中村義之に右被害を訴え、また、被控訴人代表者の神崎当雄に対しても、同人から前記管理費の支払催告をうけた機会に、同様の申出をしたことがあつたところ、中村義之は本件マンションの管理人に、できるだけ静かに作業をさせるよう指導すべき旨を指示したが、顕著な効果がみられず、他方、神崎当雄は、右被害を解消するための特段の措置を講じようとしなかつたこと、

もつとも、控訴人も、昭和五四年四月分以降の管理費の支払をしていないこと前記のとおりであるが、被控訴人代表者の神崎当雄らに対し、右不払の理由として、引越作業による騒音等の被害だけでなく、控訴人方が二階であるためエレベーターを使わない事情等を述べていたのであり、被控訴人としては、むしろ、右後者の方に控訴人の真意があり、騒音等被害の点は、本件管理費請求の本訴に対抗して、殊更主張されるようになつたものと考えていること、及び、被控訴人は、原裁判所の勧めがあり、裏口を改造してでもということで、昭和五七年七月頃引越荷物の積卸し場所を前記控訴人方ベランダ附近から別の場所に移動させたところ、それにより、以後、控訴人方の前記騒音等の被害も解消するに至つたこと、

以上の各事実を認定することができ、前掲各証拠のうち右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三ところで、人が社会生活を営む上で、それが日常生活上必然的に発生する音であれ、時期的場所的に発生する特殊な音であれ、近隣から何らかの騒音を受けることは避け難いのであるから、その影響を受ける人にとつて不快な騒音が発生したからといつて、直ちに不法行為に該当し、損害賠償責任を生じさせるということはできず、本件のような場合ののぞき見、或いはプライバシー侵害の虞れの点についても、略々同様に考えるべきであつて、当該騒音、プライバシー侵害の虞れが客観的にみて社会生活を営むうえで受忍すべき限度をこえない場合は違法性を欠き、右限度をこえると認められる場合にはじめて違法性を帯び、不法行為になるものと解すべきであり、右受忍限度をこえるか否かは、当該騒音等の性質、程度、発生の時間帯、それによつて害せられる利益の性質と内容、その継続状況、その間にとられた被害防止に関する措置の有無、及び内容、それを発生させているものと被害者との関係等、諸事情を考慮し、それらを総合的に勘案して決するを相当とする。

そこで、控訴人の被つた本件騒音等の被害が右受忍限度をこえるものであるか否かについて検討するに、本件の場合、マンション住居者らの引越作業に伴い発生する前記認定のような騒音等のため、控訴人及びその家族がかなりの悪影響を被つたことが認められるわけであり、しかも、それは多数の本件マンション居住者中殆ど控訴人だけがうけた不利益であつたのであるが、一方、本件マンションは総戸数一九三戸のかなり大きな分譲、賃貸式マンションであり、控訴人の入居時には三〇戸ほどしか入居してなかつたのであるから、その後に多数の入居者の引越が行われることが不可避であつたほか、引越荷物の積卸し作業が控訴人方ベランダの直近でなされるに至つたのも、本件マンションの構造と敷地の状況から、他にその場所がなかつたことによる自然の成行きであつて、被控訴人の指定によるものでないのは勿論のこと、いわば、控訴人所有の本件専有部分の位置だけが原因の偶然の事柄であつたのに過ぎない。

そして、本件マンションの規模が大きいため、マンションの分譲開始後、大部分の入居者らの引越、入居が終わり、一応の落着きを得る段階まで相当の期間を必要としたが、本件マンションへの入退居の引越作業が頻繁に行われ、引いて控訴人方の騒音等の被害が回数的に多かつた時期も、あくまで右段階までの一時的な現象であつたということができ、実際にも、昭和五一年八月頃から入居者が増加し始め、昭和五二年一〇月には全戸数一九三戸中空室二九戸程度になつていて、ピークをこえたことが明らかであり、控訴人が管理費の不払を始めた昭和五四年を過ぎてからは、月一、二回程度におさまるようになつているものである。

また、右引越作業が頻繁であつた期間についてみても、進入トラックの台数にして月約一〇台程度であつて、一般の住宅地における場合とは比較にならないにせよ、通常人が我慢しきれないほど甚しく長期間継続したということではなく、各回の積卸し作業における騒音等の程度も、通常の引越作業に伴う以上に特に甚大であつたとはいえず、作業時間帯も、例外的なケースはともかく、概ね日中に行われていたと認め得るのであり、本件マンションの場合、被控訴人がこの時期に控訴人の申出をうけて、機敏に特別な措置をとらなかつたことについて、特に強い非難を加え得ないと考えられる。

従つて、本件については、遅れながら昭和五七年七月頃には、改造工事等で可能になつたと推測される積卸し場所の変更が実現し、控訴人の被害が解消するに至つたことも考慮にいれたうえ、騒音等の被害に個人差があり、控訴人及びその家族が本件マンションにおける引越作業に伴う騒音等によつて、日中マンションを留守にしている者に比較してより強い被害を被つたとしても、右に述べてきた諸事情を総合判断すれば、本件騒音等による被害は、未だ社会生活上受忍すべき限度をこえず、その範囲内に止どまるものと認めるべきである。

四よつて、控訴人の反訴請求は、この点で理由がなく、失当として排斥を免れない。

第三以上により、被控訴人の本訴請求を全部正当として認容し、控訴人の反訴請求を棄却すべく、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴は理由がないものとして棄却することとし、被控訴人の附帯控訴に基づき、主文第二項(1)、(2)掲記のとおり原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中貞和 裁判官山口毅彦 裁判官衣笠和彦)

物件目録

第一 一棟の建物の表示

北九州市小倉北区吉野町四五九番地

鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一五階建

第二 専有部分の建物の表示

一 家屋番号 吉野町四五九番の二五

建物の番号 二一〇

鉄骨鉄筋コンクリート造一階建居宅

床面積 二階部分 七一・七二平方メートル

二 附属建物

鉄骨鉄筋コンクリート造一階建物置

床面積 一階部分 三・〇一平方メートル

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